東南アジア卒業旅行記~第3日・台北その2


 

こんばんは、アブラハムです。ここ数日、台湾の学生運動のニュースをよく耳にします。台湾にも政党政治があって、野党・民進党側の学生が、与党・国民党が中国本土と結んだ「サービス協定」に対して反抗し、議会を占拠する、という行為に出ているそうです。

個人的には、台湾人の民族アイデンティティはどこにあるのか、非常に気になっています。ただ、政党政治が行われていることも、自分は知らなかったので、この分野に関しては勉強不足でした…

 

おカタい話はそれくらいにしておいて、旅行記の続きにしましょう。前回の投稿では、高雄を離れて台北へ行き、そこから日帰りで淡水に行ってきた話をしました。そのあとの話。

 

MRT淡水線は、地上を走る。窓からの眺めは非常に興味深い。乱雑に建つビル。決して新しく、清潔とは言えない街並みが続き、まさにAsian Chaosとはこういうものなのだ、と思わせてくれる。この国にはまだまだ、成長の余地が残されている。人々はどのような暮らしをしているのだろうか、この国はどのような政策をとっていくのか。

4時過ぎには市内に戻り、チェックインをして、夕食までしばらく散策をする。台北駅の周辺には、20世紀の香りが色濃く残っている。そんな街中に、立派な近代建築が点在している。これらもやはり日本統治時代のものなのだろうか。

 

台北2

 

そのペインティングは、近代美術館なのだろうが、ちょっと違和感を禁じ得ない。ただもう、3日目にもなると、ちょっとしたことには動じない精神力が身についてくる。

 

台北3

 

駅から程近くに、静かな公園がある。逸仙公園というそうだ。

 

台北4

 

ここには、純日本建築が残されている。小さな建物ではあるが、この静かな佇まいは、日本人にしか作り得ない。ここは確かに、かつて日本であったのだ。そして今でも、それを保存している人々がいる。なんと素晴らしく、誇らしいことなのだろう。日台友好。

 

台北5

 

庭園は割と中華風。観光客も少なく、心静まる公園で一行はしばらくのんびりする。自分たちが都会の中心にいることを忘れてしまいそうになる。

そして、台北人の誇り、台北101エリアへと向かう。

 

台北6

 

でかい。横浜ランドマークタワーを遥かに超える高さ。この高さへの追求が、台湾人の上昇志向の一端を表しているのかもしれない。上を向いて生きる人間は、強い。

 

台北7

 

行きたかったのはここ。戦前からある軍人の住居を再利用したおしゃれスポット。一言で言うと、レトロ。開発の波に飲まれることなく存在し続け、前時代的な趣深さを残している。

 

台北8

 

人々は歴史の上に生きている。その歴史を感じることで、人々は感銘を受け、そして新たな歴史を生み出していくのだ。何もかもをアップデートしていくのがいい訳ではなく、歴史を残し、その枠組みの中で生きていくことも、幸せなことなのかもしれない。

 

台北9

 

建物のうち何軒かは、カフェやアトリエが入っていた。残りは、本当に廃墟のようだ。それはそれで、ノスタルジックな感傷へと誘ってくれる、非常に味わい深いエリアではないか。奥にそびえる台北101との対比が、この台湾という国を表しているような気がした。

一向は、夕食へ向かう。ここでも、留学時代の友人と再開する。

 

台北10

 

メデちゃんとリヴェンデルちゃん。2人とも名前呼びづらいんや。もっとまともなイングリッシュネームつけてくれ。

火鍋を頂く。台北では人気のお店らしい。わざわざ台湾まで来て、四川料理かよ、と思うなかれ。メデちゃん曰く、台湾の火鍋は本場のものから独自の進化を遂げ、より美味しいものになっているということだ。四川に行ったことがないから確かめようがない。

おいしい。辛いスープと辛くないスープ。一度に2度の味を楽しむというのは、なかなか贅沢なことではないか。そして人気店だけあり、味もしっかりしているし、店内にも高級感が溢れている。これが台北上流階級の暮らし。

 

台北11

 

正直、留学をするアジア人は、総じて金持ちなのだ。日本ほど物価が高くない国々出身であるにも関わらず、留学先では彼らの購買力に非常に衝撃を受けた。その人々が本国へ戻れば、それはそれは目に余るものがある。そして、東南アジア特有のおもてなしの文化が、彼らの中には息づいている。金遣いが半端ないし、いいもの食べて、いいところに住んでいると感じる。

決して豊かではない自分が、大学の授業料を免除され、奨学金ももらい、留学に行かせてもらったというのは、本当に恵まれたことだと思うし、今現在、アジアでそれが出来るのは日本人だけだということは揺るぎない事実だ。自分は、この国と、必死に働いてきてくれた先人達に、本当に感謝しなければならない。日々そう感じるし、海外に行けば、そのことがなおさら強く感じられる。

だからこそ、自分は人並み以上に努力をしなければならないし、後世の日本人にもその暮らしをしてもらえるような努力をしていかなければならない。

店を出る。まだまだ台湾の夜は終わらない。

 

台北12

 

一風堂を見つける。台湾ではデートでラーメンを食べに行くらしい。ラーメンが美化されているではないか。汚らしい店内で汗をかきながら食べるのが日本流だと、個人的には思っている。一風堂のマーケティングには目を見張るものがある。

 

中山地区からバスに揺られ、向かったのは陽明山という、市内にある小さな山。夜景が有名なスポットらしい。スウェーデン人の友達曰く、アジア人はひたすら高いところに登らせたがるそうなのだが、それは事実であった。

その道中、文化の違いを感じる出来事に出会う。

 

台北13

 

ゴミ収集は集積場に置くのではなく、トラックが来ると住民がこぞって出しにいくというのだ。日本システムの地域もあるらしいとのことだが、この地域は学生街で若い女の子たちが一斉にゴミを持って出てくるのは異様な光景であった。

 

台北14

 

そして陽明山からの眺め。なるほど、なかなか美麗な景色。地平線の果てまで明かり灯る台北が大都会であることは、疑いようもない。陽明山には大学があり、この眺めもキャンパスからの景色なのであるが、同じく丘の上にある我が母校とは天と地ほどの差があるではないか。いったいどういうことだ。そして漏れなくカップルもたくさんいる。

なんということだ…

一同はそそくさと下山する。山の上は風が強い。

そろそろ11時も回り、いい時間なのだが、決して台湾人はおもてなしの手を緩めようとはしない(過去の記事参照)。若者の街、西門町へと連れて行ってくれるという。

 

台北15

 

一部では台湾の原宿と言われているそうだ。確かに人通りも多く、さらに言えば若者が多い。自分が受けた印象としては、「台湾の渋谷・センター街」といったところか。

ここでも屋台が軒を連ねており、メデちゃんを筆頭とし、我々日本人をおもてなしてくる。俺たちの体型を見ろよ。お前らと違って、そんなに胃がでかくないんだよ(暴言)、と言いたくなるところだが、厚意を無下にすることは出来ない。必死に食べる。

ファッションショップも12時くらいまでは開いているようで、台湾人のライフスタイルというのは、本当に信じがたい。だからこそ、こんなに夜が遅くても、街が賑やかなのか。眠らない街・台北。

 

1時を目前にして、ようやくメデ公が俺たちを解放してくれる。メデ公は徒歩圏内に住んでいるとか抜かしやがる。俺らはこれからまだ電車に乗って帰らなあかんのやぞ。なめんとんのかおんどれは。

とか言えるはずもなく、疲労と睡魔に襲われながら、長い1日をなんとか終えるのであった。

 

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